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人が生きる意味とは?『聖の青春』から伝わる強烈なメッセージ

「自分に次はない」「この瞬間に全てをかけろ」

 

こんなメッセージが伝わってくる小説です。

2016年、松山ケンイチさんが主演で映画化されたことで話題の『聖の青春』。知人に勧められたこともあり、読んでみました。

 

主人公の村山聖(むらやまさとし)さんは、実在した将棋の棋士の方で、ネフローゼという病気と生涯戦った人です。 

聖の青春』は、小説調でまとめられていて、一見すると実話かフィクションかわからないくらい細部まで表現されています。

 

 

目次

一局にかける執念

 

読んでいて感動したのは、一局への執念です。

村山さんは、幼いころからネフローゼという病気を患っていて、20歳まで生きられるかわからないと思っていたそう。

このため小学校にあまり通えず、プロ棋士になってからも、病気のため対局できず、不戦敗を繰り返していました。

そのためか、彼の一局一局にかける執念は、鬼気迫るものがありました。

 

私なんかは、失敗しても「まぁ次頑張ればいいさ」なんて構えていましたが、村山さんは「次があるかわからない、次は病欠するかもしれない」と思って指していたのでしょう。

 

この辺りの村山さんの強さを、羽生さんはこのように話しています。

「村山さんは、いつも全力をつくして、いい将棋を指したと思います。言葉だけじゃなく、本当に命懸けで将棋を指していると、いつも感じていました」

 

羽生さんと村山さんの対戦成績は、村山さんの不戦敗を除くと、五分五分だったそう。病欠を除いた対戦成績なので、もし村山さんが長命だったら、将棋界の勢力図が変わっていたかもしれません。

「次なんかない。今がすべてなんだ」

聖の青春』から、そんな村山さんの想いが、強烈に伝わってきます。

 

自分の想いを継いでもらう

村山さんは、若い棋士たちに、将棋を教えることが多かったそうです。

「(将棋が)強かろうが弱かろうが、置かれた立場がどうであれ、村山は誰とでも公平に実直につきあった」

そのように小説には書かれていました。

 

私が思うに、村山さんは自分の生涯が短いことを悟っていて、若い棋士たちに何か残したかったのではないか、と思いました。

 

「自分が死んだとき、自分の想いを継いでくれる人を残したい。それが自分の生きた証になる」

そんな風に思って、若い棋士たちと接していたのかな、と思いました。

 

仕事や生活で「何か残したい」と常日頃から思って取り組むなんて、なかなか難しいと思います。

いついつ仕事を辞めると決まっていれば別でしょうが、毎日の中で、終わりを意識することは、無いように思うからです。

「自分の生きた証を残すように過ごす」こう思うと、もっと人に優しくしようとか、仕事で、「これくらい、まぁいいか」が無くなっていくように思えます。

 

人は日々死んでいる

聖の青春
大崎 善生
KADOKAWA/角川書店

人は意識するしないに関わらず、一日一日死んでいます。過去には戻れません。

「次はない。何か残すために生きる。」 

そんな村山さんの生き様が描かれているので、漠然と日々が過ぎているな、なんて感じている人に、うってつけの作品だと思いますね^^